玉虫日記 思い出話ひとつ
2017年04月 / 03月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫05月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告

2010.07.07 (Wed)

七夕


毎年のこととは言え、七夕の夜にくっきりとした星空が望めないのは今年も同じで今日は午後から纏まった雨の一日になりました。

何年か前の七夕さま・・母が脳梗塞で倒れてリハビリ施設にいたとき、看護婦さんが大きな短冊を何枚か病室に届けてくださったことがありました。青いのと水色とピンク・・黄緑もありました♪
「こんなに沢山書くの?」と私が言ったら母が
「これじゃ足りないよ・・」って言ういのです。
不審に思いながら母が書くのを待っておりましたら、しばらく考えた後、
「そうだ、これでいい。」そう呟いて不自由な右手でたどたどしく文字を書き始めました。
それらの短冊はすべてみな同じで「みんなが健康で幸せに暮らせますように」というものでした。
最初は「Kちゃんが病気をしませんように」「Tが幸せになれますように」「Sが・・」などなど
家族みんなの分を書きたかったのだそうです。なるほどそれでは足りません。

あの年の空はどうだったのかな?雨だったのか晴れていたのかもう忘れてしまいました。
今夜の七夕さま・・雨は上がって先ほどから少し雲が切れてきたようです。
雲の隙間から願い事が星空に届くとよいですね・・

願い事叶いますように☆。.:*:・'゜
スポンサーサイト
20:50  |  思い出話ひとつ  |  トラックバック(0)  |  コメント(10)

2010.02.09 (Tue)


今日お仕立て上がりです。母の形見、更に遡れば祖父の妹、わたしには大叔母に当たる人のものでした。母は亡くなる丁度1年ほど前のことでしょうか・・その頃から何故か私に大切なものの在り処を教えたり箪笥の中の着物について話したりするようになっていて今となれば虫の知らせだったのだなと思い当たります。この小紋はyさんに似合うと思うの。大島はRちゃんね、などと妙なことを言い、その頃わたしはなんだか嫌な気持ちになったものでした。この帯が大叔母のものであったこともその折りに「いい色でしょう、品があって・・。これはとてもいいものだから大事にしなさいね」とこんな言葉を添えてくれたのでした。明治の生まれの大叔母は生涯の殆どを着物で過ごしました。常に背筋をしゃんと伸ばしてキビキビと動く人で嫁いだばかりの頃はよくお小言を頂戴したと話しておりました。それでも母とは何処か馬が合ったようで大叔母もTちゃんTちゃんと何かにつけ母をあてにして用を頼んだり、お土産を託けてくれたりもし、一緒に出かけることも少なからずあったようです。60代で亡くなったこの叔母がやはりその何ヶ月か前に母に何かあげようというので、迷わずこれを頂いたのだとか・・。薄様を剥がすと・・ブルーに金糸で四季折々の花の輪の模様・・地の色は見る角度によって緑掛かって見えたり藍になったり群青色になったりします。お花は、桜、梅、菊、菖蒲、藤、桐、萩、楓、竹、水仙、数えたら丁度、十種類ありました。花の好きだった母がなるほど大切にしていたのも頷けます。母の箪笥にあったときはくたっとしていて、大して見栄えのするものには見えなかったのですが、今回思い切って洗い張りに出して仕立て直しをお願いしたところ見違えました。こんなに綺麗に甦って仕立てていただいた呉服屋さんからも『やはり昔のものは良いですね、とてもいいものですよ』とのお墨付きも頂戴して嬉しい。さてどんな着物に併せたらいいでしょうね・・桜色の地模様、はんなりと優しくて言うことなしなのですが、これに袖を通したのは長男の小学校の入学式で、20年以上も前の話です。大好きな薄紅色ではありますが流石に纏うのは気が引けます。このくらいならよいでしょうか?クリーム色とも相性は良いようですし、いっそもっと渋い銀鼠などと併せても素敵でしょうね・・。と、今日は久し振りに箪笥の引き出しを開けて楽しい時間を過ごしました。久しく着る機会もないままにうかうかと時間ばかりを過ごしてしまいましたが、折角拵えてもらったものばかりです。無駄にしては勿体無いですね・・たまには袖を通してみようかなと思うようになったのは、emyちゃんの所為?いえいえおかげです(*^。^*)出した着物を片付けたりしていたら今日はあっという間にもうこんな時間・・そろそろお休みなさいです~♪
00:15  |  思い出話ひとつ  |  トラックバック(0)  |  コメント(16)

2009.12.11 (Fri)

深夜の告白?


酷い雨の1日、激しい雨もようやっと止んだようです。
通勤の帰り道雨にライトが反射してチカチカ・・・・車の運転、こんな日は辛いですねえ・・。
信号待ちの横断歩道を女子高校生の集団が駅に向かって歩いてゆきます。
雨なんてものともしない?みな楽しそうに笑いながら
寒くないのかしら?超ミニ??のナマ足・・・。私にもあんな頃あった??

で、忘れないうちに、思い出話一つ。。。
今でこそラジオは通勤の時間帯くらいしか聞かないようになりましたけれど、
その昔、まだ愛らしい?少女の私は深夜放送が大好きでした。
試験勉強をしている振りをしてラジオばっかり聞いていたような・・そんな記憶が甦ります。
丁度今時分、2学期の期末テストの頃だったかな?大嫌いな英語の試験を控えて
深夜放送どころの騒ぎではなくなった私はその夜に限って真面目に静かにお勉強を致したのです。
聞きたいなぁ~~でも今夜だけ我慢~~ってね。で、翌朝登校したら・・・。
そしたら・・・・教室に入るなりいきなりクラスメイトたちに取り囲まれました。
「ねえねえ、誰なの?知ってる人なの?」
「どこの人?幼馴染かなんか?」
「まさか知らないなんて言わないよね」
なんて口々に奇妙な事を言うのです。私が何のこと?判らないと言うと、
「えーーー!!夕べのラジオ聞かなかったのぉ??」って
どうやら私の名前が実名で取り上げられたらしいのです。
しかもその内容は・・・愛の?告白だったらしい!!
同姓同名じゃないの?と問えば、学校名も出たから間違いないって言うのです。
当時私は特定の彼はもちろんボーイフレンドの影すらない、かわいーーい女子高生。
それでも男の子には興味津々だったし、誰だったのかそれが気になって気になって
「何故夕べに限って聞かなかったんだろう!聞いていなかったんだろう!!」
それが悔やまれてならずの気も漫ろ、もう試験はそっちのけ、
折角夕べ寝ないで覚えた英単語も構文もすっとんでしまったのでした。
結局その少年?が誰だったのかは謎のまま30年以上の歳月が流れました。
あぁ今思い出してもやはりこの耳で聞けなかったことが悔しいなぁと思う出来事です(^-^;)。。。
とは言え、あの時告白してくれた?男の子も今はきっともうおじさん、私も由緒正しきおばさん
気持ちはあのときのまんまなのにねえ・・。

そしてこのことを思い出すと何故か流れて来るメロディがこれなのです・・・。
教室の窓から見えた夕焼けの空が今も胸に広がります☆。.:*:・'゜

21:01  |  思い出話ひとつ  |  トラックバック(0)  |  コメント(6)

2009.11.17 (Tue)

鹿


◆奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋はかなしき

高校生だった頃のお話です。尊敬して止まない古典の先生に、百人一首の中であなたの一番好きなうたはどれかと聞かれました。好きな歌はたくさんありすぎて迷う私に、僕はこれが一番好きだよと、よみあげられたのが先の一首でした。季節は秋、先生は寂しいうたがお好きなのだと思った私は、秋のうただというだけで「八重葎茂れる宿の寂しきに人こそ見えね秋はきにけり」とお答えしたのです。すると「随分寂しいうたが好きなのだねえ・・。若いのだからもっと華やかで晴れやかな歌を選べば良いのに」とおっしゃいました。私はこの先生が大好きだったので先生の意に添いたい一心で恵慶法師の歌を選んだのに・・と答が裏目になってしまったのが悔しくて「奥山に・・」の一首も寂しいじゃないですか?悲しい秋の歌でしょう?と先生に詰め寄ったのです。すると、「そう?そんなに寂しいうただと思うの?」と遠いところを見つめるような眼差しで微笑んでこのお話は終わりになりました。今繰り返しこのうたをよんでみると、あの時の先生のおっしゃりたかったことがわかるような気がしてきます。鹿は妻を恋うて鳴くもの。ただ秋が寂しいのではなく恋するがゆえに寂しいのですね・・。先生はその頃40代初めくらい、もちろん奥様もいらっしゃる方でしたけれど、あの頃恋してらっしゃったのかしらん・・と今もし、もう一度お目にかかれたらお尋ねしたいような・・なぁんて、純情な高校生だった私もいつの間にか図々しいオバサンに成り果てました(^-^;)
で、奈良といえば鹿♪可愛いでしょう♪こんなに長い睫、ご存知でした??画像クリック、大きくしてご覧下さい。とびっきり長い睫が見えますよ(@_@)仲良しの兄弟でしょうか?こちらはlove2のカップル♪と思ったら後ろから怖そうなお父さん鹿?の目が光ってます(-_-;)ノ広々とした公園は鹿たちの楽園ですね・・みなのんびりと草を食んでいて見ているだけで気持ちがほぐれるようでしたよ~♪

そうそう話を戻して、あの頃先生が好きだとおっしゃった奥山にのうたの真意を理解してなお
今、さらに「八重葎茂れる宿の寂しきに人こそ見えね秋は来にけり」このうたに惹かれる私がいます・・。寂しさの極みが見えるような美しいうただと思います。
20:28  |  思い出話ひとつ  |  トラックバック(0)  |  コメント(18)

2009.11.11 (Wed)

大きな木が欲しい


子供たちが小さかった頃大好きだった本のなかに
佐藤さとるさんの「大きな木が欲しい」がありました。
大きな木に梯子をつけて家を建てて見晴台もつけました。
そしてホットケーキを焼いて栗鼠や小鳥さんたちと遊ぶのです♪
それみーんなかおるくんという男の子の空想の世界の物語なんです。
この本が大のお気に入りになった息子たちは知らないうちに
まだ大人の背丈ほどだった柿の木に登ってダンボールで家モドキをこさえてしまいました。
そして柿の木は脆いから登っては駄目だと祖父に叱られて大泣きをして・・
困った祖父はそれじゃぁと庭にモミの木を植えてくれたのでした。
樅の木はその後台風で倒れてしまって息子たちの夢は叶わなかったけれど
あのころたくさん木の上の家の設計図を画いて遊んだこと
きっといい思い出になっているのではないかしら・・
画用紙を囲んで二つ並んだ小さな頭と
「ねえねえお母さん木の上のお家が出来たら僕たちそこで寝てもいい?」
なぁんてことを真剣に尋ねたあの瞳、私にとってもかけがえのない嬉しいひと時でした。

先日府立植物園で見た大きな大きなヒマラヤスギが
こんな思い出を呼び覚ましてくれたのでした♪
歌は「虹の木」詩の内容は関係ありませーん(^-^;)
23:00  |  思い出話ひとつ  |  トラックバック(0)  |  コメント(16)
 | HOME |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。