玉虫日記 鷺草
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2007.08.16 (Thu)

鷺草




鷺草が咲くと父を思います。
父の若い日を思います。
鷺草は父の花です。



翼を広げ自由に飛ぶ飛行機・・
亡くなった父は飛行機が大好きでな人でした。
ゼロ戦や隼?などの戦闘機のプラモデルを暇を見つけては
それは熱心に組み立てていました。
父のそんな飛行機好きの所以はどうやら父の叔父にあったようです。
先日実家に帰りましたら母が一通の手紙を見せてくれました。
明石に住む父の従妹がもたらしたという一通の手紙は
父がまだ小学生のころのものでした。
血縁を説明すると複雑になりますので端折りますが、
当時、父の叔父はまだ20代で海軍の航空兵であったそうです。
その叔父宛に出した幼い父の手紙が半世紀以上を経て私の手に届きました。
兄上様ではじまる古い手紙は、小学生だった父のあどけない筆跡とそれから
尊敬する叔父へ寄せる熱い思いが込められていました。
学校での勉強のこと、成績のこと。言うことを聞かない弟達のこと。
それとともに遠く離れた地で活躍する叔父の健康を気遣い、
そんな叔父をもったことを誇らしく思う気持ちに溢れた文でもありました。
ことに飛行機に寄せる憧れは格別だったようで
「兄上様今日は何時間乗ったのですか?」「どのあたりを飛行なさっておいでですか」
などたくさんの質問が書かれていました。
その叔父も終戦間近にフィリピン沖で戦死。
父の悲しみはいかばかりであったかと今更ながら胸が痛む思いがいたします。
遺影はわたしの幼いころの家の仏間にもずっと飾られていました。
歳を取らないその人の面差しはどこか父に似ていて
もちろん私が会うことなどあろう筈もない人ではありましたが
それでもどこか慕わしい思いがするのは不思議です。

そんな父が亡くなる間際に見た夢もまた、飛行機の夢でした。



深夜3時

父が私を起こした。父の病室
とっさに何処にいるかわからなくて驚いたけど
はっと我にかえって飛び起きる

私 「どうしたん?どこか苦しいの?」
父 「夢をみた・・飛行機を作る夢やった」

私 「ふ~ん。どんな飛行機?」
父 「たんぼがず~っと広がってて一面黄金色なんや。
  米がいっぱい採れてそれを運ぶ輸送機・・。
  一生懸命組み立ててやっと出来た。」

私 「よかったねぇ。楽しい夢見れて・・・」
父 「うん。うん。ええ夢やったわ・・・。」

私 「そしたら夢の続きが見れるようにもう一回寝よね・・」
父 「そうやな・・・おやすみ。起こして悪かったなぁ・。」
私 「ええよ・・おやすみ・・・。」

父 「あ!思い出した飛行機の名前なぁ。ロビン号や。」
私 「ロビン号?いい名前ね・・こまどりって意味やね。」

父 「zzZZZ」

             
戦時中父自身は外地に赴くことはありませんでしたが
学徒動員というのでしょうか?飛行機の整備に関わる仕事をしていたようです。
そんな父が最期に見た夢がロビンの夢。半ば意識もない状態の続くころのことでした。

ロビンの名がいったいどこから出てきたのかとずっと不思議に思っていたところ
父の本棚に一冊の本を見つけました。

サンティグジュペリ「夜間飛行」

やっとやっと、ロビンの謎に行き着きました。*^-^*


(2000年11月30日/日記抜粋)
21:53  |  父のこと母のこと  |  トラックバック(0)  |  コメント(6)

Comment

No title

静かに心に染み入ってくる いいお話ですね~じ~ん(∪_∪)

私達の親世代は 戦争を体験しています。
私達は  その話を聞く機会がありましたが
子ども達の世代は 戦争を知らない私達が育てたので
なかなか戦争の哀しさが伝わらないですよね
今 戦争体験した世代の方々がお元気なうちに
たくさん語ってほしいものです。

私の父は 海軍でした~
でも断片的にしか 軍隊の話は聞いたことなかったです
母は 疎開や防空壕の話を 今でも 色々聞かせてくれます。
non |  2007.08.17(金) 09:29 | URL |  【編集】

No title

飛行機、作ってはまた作物をたくさん積んで南へ北へと、
飛び回っていらっしゃるでしょうね。
それとも遊覧飛行に徹していらっしゃるかなぁ。
お父上の乗ったロビン号が悠々と飛び続けられるような
世界の空の平和が永遠でありますように。
ANE |  2007.08.17(金) 13:12 | URL |  【編集】

No title

nonさん、長文読んでくださってありがとうございました。
両親は疎開の話や空襲の話それから軍需工場に学徒動員された話などたくさんしてくれましたが、祖父はあまりしませんでした。
戦地へ赴いて現役の兵隊として参戦した祖父には語るに語れない思い出があったのかもしれません・・。
私の祖母は空襲で亡くなっています。まだ30代の若さだったそうです。戦前の写真はみな焼けて私は祖母の顔も知らないんです。
戦争をして良いことなどなにもないのに・・
悲しいことですね
tama_ma_ma |  2007.08.17(金) 19:03 | URL |  【編集】

No title

ANEさん、私もそう思うんですよ。
父はやっと自由になっていろいろな苦しみや痛みからも解き放たれて大好きな空を飛んでるって・・・
ヾヾ(*^▽^*)〃〃ありがとう♪
tama_ma_ma |  2007.08.17(金) 19:04 | URL |  【編集】

No title

お父様との思い出素敵ですね (*^。^*)
お父さんも夢の続きで楽しく暮らしてますよ
何処にいても、何時も見守ってくれてますよ・・・
戦争は、悲しみだけを残しましたね
chiyoko-mimi |  2007.08.17(金) 22:42 | URL |  【編集】

No title

chiyoko-mimiさんありがとうございます。
大好きだった飛行機に乗って飛び回っているのでしょう~父。
毎年鷺草が咲くとそれが父の面影に重なります。

戦争は嫌なものですね・・
tama_ma_ma |  2007.08.17(金) 22:59 | URL |  【編集】

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